アメリカから帰って時間が経つにつれて、ちょこっとアメリカを覗いたくらいで、「アメリカの食事はこうでした」なんて書けないよね…と思うようになり、逆にアメリカの食事を覗いたから日本の食事の特徴がはっきり見えてきた気がします。
私は管理栄養士として、日々生活習慣病をはじめとする様々な疾患のある方や高齢者の低栄養に取り組んでいます。毎日何人もの方と食事の話をします。最近ではもうあまり驚かなくなって、「まあ、そうなんですね」とその方の生活を想像しながら、『そうするしかないんですね。でもこうするともっと良いかもしれませんよ』と、共感を伝えながらもできそうな案を一緒に考えます。
それでも、驚くような食生活を聞くことがあります。お話を伺っているとその方の子供時代までさかのぼってしまいそうなこともあります。とんでもない食生活には少なからずその方の培われてきた食に関する経験が影響していると思われます。
アメリカに行って、一番感じたことは『日本人は繊細だな』ということです。これは良い意味だけではありません。『やぁー細かいなあ』みたいな感じも含めてです。これは少なからずルーツの影響があると思います。少しの食糧をおいしく食べるよう工夫を重ねた歴史があるのでしょう。
戦後、GHQのマッカーサー司令官が日本に来て「米と魚と野菜の貧しい日本食をパンと肉とミルクの豊かな食卓にしよう」と言ったそうですが、私の生まれたころはまだまだ食糧は十分ではなく、小学校の5、6年生の頃、鼻をつまんで飲んだ脱脂粉乳のミルク給食を体験しました。お弁当もアルミの弁当箱にご飯と、上に佃煮が載っているとか、昨夜の野菜の煮たのが入っているというのが普通でした。魚肉ソーセージが入っていると歓喜の声を上げる男子がいたのを覚えています。卵なんてまだ高価だったのでしょう。今思えばあの時のミルク給食は少なからず、我々の体格に影響を及ぼしたと思われます。
それが、前回にも書きましたがアメリカでは1977年にマクガバンレポートという報告書がまとめられ、アメリカ人の疾病対策には“日本食”のような伝統食が望ましいということが分かっていました。それなのに日本向けにはファストフードをどんどん売り込みました。
今アメリカでは日本食がもてはやされ、特に寿司店はたくさんあるそうです。少し高級と言われるスーパーには小さなお寿司がたくさん並んでいました。押しずし風のものやカルフォルニア巻きと言われる一口サイズの巻物などです。もちろん豆腐や厚揚げなども売られていましたが、日本食=健康食という正しい認識で流行っているのかしら?
2014年の12月に『和食:日本の伝統的な食文化』がユネスコ無形文化遺産に登録されました。翌年1月に開催された京都での病態栄養学会ではこのことが取り上げられ、懐石料理に見る食事の内容や供し方が正に生活習慣病予防の食べ方であると大いに盛り上がりました。しかし、現実には今の日本人がどれだけ伝統的な日本食を食べているでしょうか?
和食が文化遺産として登録された理由は4つあります。
日本の国土は南北に長く、海・山・里と表情豊かな自然が広がっているため、各地で地域に根差した多様な食材が用いられています。又、その食材を活かす調理技術・調理道具が発達しています。魚一つとってもなんと沢山の調理法があることでしょう。地方によってもびっくりするような調理法があったりします。学会に出席してその土地の食事をするのは楽しみの一つです。
一汁三菜を基本とする日本の食事スタイルは理想的な栄養バランスと言われています。また、「うま味」を上手に使うことによって動物性油脂の少ない食生活を実現しており、日本人の長寿や肥満防止に役立っています。しかし、最近は高齢者の肥満や糖尿病も増加して少し様子が変わってきています。特に街中では、安くて簡単に食べ物が手に入るので、調理をする人が減っています。
食事の場で、自然の美しさや四季の移ろいを表現することも特徴の一つです。季節の花や葉などで料理を飾り付けたり、季節に合った調度品や器を利用したりして、季節感を楽しみます。煮物椀の蓋を開けて、ため息を漏らすことも度々あります。できるだけ季節感を盛り込みたいと思っています。
和食は、年中行事と密接に関わって育まれてきました。自然の恵みである「食」を分け合い、食の時間を共にすることで、家族や地域の絆を深めてきました。今でも子供たちと作ったお月見団子の思い出はほのぼのと思い出されます。
そもそも世界遺産の登録は『危機に瀕している文化』を保護する目的で登録されます。政府の目的は『和食』を世界に広めて大いに観光や輸出につなげようというものかもしれませんが、日本食は『危機に瀕している日本文化』であることは間違いないと思います。
私は食事の指導をする時に、動物性たんぱく質が多く「やっぱり肉でしょう!」とタンパク質と言えば肉。「野菜は食べないっすねえ」「野菜ジュース飲むから良いでしょ」という方には、『遠い昔、あなたのずうっと昔の祖先は木の実や雑穀類、貝や魚を食べて生きてきたんですよ』『だから、飢餓に強い優れた働きを備えたあなたができたのですよ』『あなたはマンモスを追いかけて大陸を走っていた人たちとは違う遺伝子を受け継いでいるのですよ』『急に肉食になっても体が悲鳴を上げていますよ』と見てきたような話をすることにしています。
大人になって好き勝手に気ままに食事ができるようになったといっても、やはり私たちはアルコールの分解酵素も少ないし、インスリンの分泌量も欧米の人たちの半分から三分の一の量であったりします。その民族が培ってきた食事にはそれなりの理由や、それが今まで残ってきたわけがあると思います。ただ、流行りのままに諸外国の食べ物を真似するのではなく、賢く日本食の良さも見直してみませんか?
今回日本とアメリカの食の違いを考えていて、研究目的で滞在した南太平洋のフィジーの食事を引き合いに出してみました。この国は長くイギリスの植民地でサトウキビ栽培のため、労働力としてインド人がたくさん送り込まれ、もともとのメラネシア人とインド人が半分づつくらいで構成されています。食生活もかなり違っています。メラネシアの人はキャッサバやタロイモと魚、少量の肉、インド人はベジタリアンが多く、野菜中心のカレーと米というように今でも同じ国にいながらそれぞれが独自のスタイルを貫いています。
私は食事指導をする時に、「あなたの遠い祖先は、つつましく雑穀や木の実、貝や魚を食べて暮らしていた人たちですよ」と話しすことにしています。肉食三昧でお腹がポッコリ出た方は何となく納得してくださいます。それから、その方に合った食事の方法を一緒に考えます。
日本人とアメリカ人の食事摂取基準は随分違います。いろいろな民族が集まっているアメリカ人を一律にどうこう言うことはできませんが、日本人は摂取量から考えると倹約遺伝子をしっかり持った民族であると言えます。これは周囲を海で囲まれ、天候に左右されいつも飢餓の心配をしているうちに効率の良い、余ったエネルギーは脂肪に変えて蓄えておこうというような働きを獲得したようです。車ならとても燃費が良いということになります。
元々日本人は自宅で、季節のものを上手に調理して、腹八分目の食事を楽しんでいたと思います。子供のころを思い返しても、バランスが取れていたとは思えない日もあったし、ご飯を山盛り食べて、魚を食べていても、たんぱく質は少々不足していたと思います。
1970年ころになってようやくスーパーができ、温室栽培の季節外れの野菜も買えるようになりましたが、今のように夏にブロッコリーを食べるということはありませんでした。真夏には夏野菜ばかりで、副菜に困った覚えがあります。
デパートやスーパーの総菜売り場がどんどん増えています。よく見てみると『なんちゃって日本料理』みたいな、和食風であってソースや付け合わせが中華風であったり、イタリアンのまねっこみたいになっていたり、「こんな味が好まれるのかなあ」と驚くことがあります。
学校の米飯給食の日は思いっきり『和食』に親しませることはできないのでしょうか?食べてくれるものを作るのではなく、日本食の健康に良い所以をしっかり教育することはできないのでしょうか?
戦後の食事の変遷を体験してきた『食と健康』に関わる者としては近い将来の『和食』が心配です。
きっと私がため息をつく日も近いかと、日本食の良さをしゃべってはいるのですが。あ~あ。
次回は日本食の話をもう少し続けてみたいと思います。
長年、管理栄養士として病院の給食管理・栄養管理に従事後、現在、内科糖尿病専門医院にて糖尿病を中心とする生活習慣病、高齢者の低栄養等の栄養食事指導をしています。
ライフワークとして「あなたの体は、あなたの食べたものでできている」ということを意識した「食」の啓発活動を行なっています。
今回は『欲望のままに食べたい放題にしていては、体のために良くない。何とか理性を持って食欲を調整しましょう』というお話です。
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