巷では毎日「○○の病気にはこれが効きます」と、今すぐ買って試さなければ…・と思わせるコマーシャルが流されています。
日本広告審査機構という組織があって、ウソ、大げさ、紛らわしい広告は取り締まられるはずですが、微妙に違法にならない程度に演出されています。
これは、商品を売るために少しでも効果がありそうなことを少し誇張して言っているように思います。
例えばもう20年近く前になるかもしれませんが、ココアが流行ったことがありました。テレビでココアの
ポリフェノールが動脈硬化を防ぎ生活習慣病予防に効果があるという話題を取り上げた際に、急にココア人口が増えたことがありました。この時には砂糖やミルクを加えた調整ココアを飲まれる方が増えて、びっくりするほど血糖値が上がってしまった方もいらっしゃいました。また、寒天やところてんが食物繊維が多くエネルギーがないという事で店頭から無くなってしまうほどの売れ行きで、給食の献立にも困ったことがありました。
これらは確かにいくつかの研究発表はありますが、条件を一定にして実施した研究結果であり、現実の生活の延長線の中ではそうもいきません。砂糖を加えたココアだけを余分に飲むことになってしまいかねません。ココアはそれ自体にはポリフェノールの効果があっても、砂糖を加えないとおいしくないので、当たり前のように砂糖を加えてしまう人も多くなるでしょう。肥満の方や血糖値の高い方は却ってマイナスとなってしまいます。
寒天もところてんも、間もなくすると何もなかったように元通りになりました。どうも私たちは自分にとって心地良い、都合の良い情報は信じてしまいがちなようです。
売らんが為の食品の宣伝文句は、話半分に聞くとして食事療法のエビデンス(科学的根拠・そのことが言える証拠)はどうなっているのでしょうか。
『エビデンス』という言葉は医療の現場ではよく使われる言葉ですが、一般にはほとんど使う事のない言葉だと思います。私自身も昔は自分には関係のない言葉のように感じていて、本を読んだ時に出てくる言葉というイメージでした。学生時代は食事療法の内容を教わったら、試験に備えてとにかく内容を深く考える余裕もなく丸覚えしました。それから栄養士の職についても特に食事療法の内容について、とやかく思うことはなく信じて疑いませんでした。ただ、腎臓病の食事療法については、30年ほど前からかなり議論されることが多くその頃、治療法というのは研究成果によっていろいろな考え方が生まれるということを知りました。
最近では医学や薬学、栄養学などの進歩で治療法がいくつかあって、治療法を選択しなければならないことも増えてきています。栄養に関してはこういう食べ方をすれば、こうなると言う調査がしにくい事もあって、実際に数種類の研究成果があっても、大規模な調査研究ですらエビデンスレベルは低いと評価されています。再現性が低いと考えられているという事です。したがって、この食品を食べたらこんな効果があるとはなかなか言いにくいものなのです。皆さんはどのように考えて食事療法を受け入れておられるのでしょうか?
例えば、一番よく聞かれるのが『減塩にしてください』『食事は薄味にしましょう』ではありませんか? あまりにも一般的すぎて先生からの診察終わりのごあいさつのように聞こえることもあります。患者様も何の違和感もなく『はい』『わかりました』と答えておられます。
食塩をとりすぎると細胞のミネラルバランスが崩れ、血液量が増えることで心拍数が上がって高血圧になると考えられています。血圧が高くなると血管が傷害され、動脈硬化を引き起こします。さらには狭心症や心筋梗塞、脳卒中といった死に至る病気を引き起こすことにもなりかねません。 したがって血圧を上げないためには食塩摂取を控える必要があります。
食塩の過剰摂取が血圧上昇と関連することは数々の観察研究で報告されており、減塩の降圧効果についても介入試験で証明されています。従って6g/日未満を目標とした減塩により有効な降圧効果が得られ、脳心血管病イベントの抑制が期待できることから、高血圧学会のガイドラインにも減塩目標値とされています。
米国心臓病学会では、高血圧のガイドラインはナトリウム1,500㎎/日(食塩相当量3.8g/日)、欧州心臓病学会では5g/日未満、WHO一般向けガイドラインでも食塩5g/日未満が強く推奨されています。高血圧症に関しては肥満の是正や減塩はエビデンスに沿った治療内容という事になります。
数年前から糖質制限食ダイエットが流行っています。 これはどうなのでしょうか? 確かに糖質を制限すれば急激な血糖上昇は防げますし、総エネルギー量を増やさなければ体重を落とすことが出来ます。これに運動を加えればダイエットできて『わーすごい』という事になります。
諸外国でも糖質制限食については10年位前から議論はあるようです。しかし日本糖尿病学会では、はっきり糖質制限は打ち出していません。もちろん単純糖質は血糖をあげることは間違いがありませんので、避けたほうが良いですが。
糖尿病のガイドライン2019では食事療法において、栄養素の摂取比率の目標値、総エネルギー摂取量の目標値をステートメントから削除しています。適切な食事摂取量とバランスの良い食事内容、規則正しい食事+適切な運動量が正しいことは間違いのないことだと思いますが、今までの食事療法の切り口に問題があったのではないでしょうか?
糖尿病の食事療法は決して難しい事ではなく、私は長い間 『肥満の方は原因を見直して』 『食べ過ぎであったものを腹八分目に戻し』 『1日3食規則正しく』 『バランスよく』 食べましょう…と指導してきました。医師の指示エネルギー量に沿って指導をしなければいけないという基本的なルールがありますから、患者様の摂取すべきおよその指示エネルギー量を示します。しかしその数字を正確に受け止められる患者様は少ないと思います。
例えば、今はコンビニ等でも表示があり、かなりエネルギー量の感覚が一般的に普及しているといますが、少し前まで、1日の摂取エネルギー量を「1500kcalです」と伝えると「1食ですか?」と聞かれることもあるくらいでした。それくらい感覚的には分かりにくいものでしょう。
そもそも治療のガイドラインというのは、いろいろな研究の集積の結果であって、特に食事に関しては万人に当てはまるものではありませんし、『それをすべて実施すれば必ず治りますよ」というものでもありません。他の疾病に関しても同じような問題はたくさんあります。
食事指導をする際には、まずはじめに生活の時間を聞き、食事時間が規則正しいかどうかをみます。朝抜きではないか、夜遅い食事ではないか、食事の間に間食が多くないかをお聞きします。
次に食事内容の聞き取りをして普段どの程度食べておられるかを知ろうとします。驚くほど少ない量を申告される方もおられます。しかし現在肥満のある方は、お話ほど少ないわけはないので、あれこれもう少し詳しいお話を伺います。そうすると夜食であったり、食後のアイスクリームであったり、はたまた、かなり少なめな申告であったりします。故意でなくても、食事量を正確に伝えるのはとても難しいと思います。
食事の内容を詳しくお聞きして、栄養素のバランスが良いかどうかをみますが、毎日食べておられるものを思い出すだけでも難しいでしょう。中には数日分の食事記録を提出してくださる方もあります。そういう方はたくさんの食材を使って、主食、主菜、副菜とバランスよく食べておられるので主食となる炭水化物の量は軽く一膳ということが多いようです。
従来の日本食は炭水化物の多い食事であったと思います。炭水化物がエネルギー比で70%以上ではなかったかと思います。現在はかなり欧米の食事が取り入れられて、どちらかというと少し脂肪が気になると思う事もあります。ですから世界で注目されている和食は1970年台初めまでの食事ではないでしょうか。まだ牛肉の自由化が解禁されて間もないころです。しかし現代とは違い生活圏の色々な場所には歩いていくのが普通でしたし、電化製品も今のようには普及していませんでした。その頃は格段に活動量が多かったように思います。
糖尿病診療ガイドライン2019には、食事のとり方について『個々人の食事パターンを評価しながら、包括的に適正な食材の選択を促す。規則的に3食を摂ることが、糖尿病の予防に有効である』としています。
つい、自分が気になっている糖尿病の食事療法に力が入ってしまいました。
食事についてはエビデンスは出しにくいですが、300年前に書かれた貝原益軒の『養生訓』にある
というくだりが厳しい内容ですが、非常に重みをもって今に通ずると考えさせられます。
貝原益軒は70歳を超えて著述をはじめ、84歳で『養生訓』を表したと言います。彼の生きざまは、本当に現代に通じる健康指南書ではないかと思い時折読み返します。科学的根拠があると言い切れないかもしれませんが、やはり原点に戻り、食べたいから食べるではなく、節度をもって生活したいものだと思います。そのために我々栄養士が様々な情報を取捨選択し、何が正しいのかその患者様にとって適切なアドバイスができるように日々勉強をし続けなければと改めて考えさせられています。
今年の11月9日から15日までの糖尿病週間のテーマがサルコペニアとフレイルでした。 この標語が『筋肉量、コツコツ積み上げ、健康長寿』でした。私は勤務するクリニックで握力とふくらはぎ周囲長を測定し、食事のアドバイスをさせていただきました。次回は高齢期のサルコペニアとフレイルについて書きたいと思っています。
長年、管理栄養士として病院の給食管理・栄養管理に従事後、現在、内科糖尿病専門医院にて糖尿病を中心とする生活習慣病、高齢者の低栄養等の栄養食事指導をしています。
ライフワークとして「あなたの体は、あなたの食べたものでできている」ということを意識した「食」の啓発活動を行なっています。
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