2022/01/13

女性アスリートの三主徴(Female Athlete Triad:FAT)は、1997年にアメリカスポーツ医学会にて提唱された概念です。

当初は「摂食障害」「骨粗しょう症」「無月経」の3つを指していましたが、2007年に「利用可能なエネルギー不足(摂食障害の有無に関わらず)」「視床下部性無月経」「骨粗しょう症」に変更されました。

激しいトレーニングにより生じる健康問題で、多くの女子アスリートが悩まされています。これはトップアスリートだけではなく、中高生や大学生など競技に励むアスリートをも取り巻く重要な問題です。

◎女性アスリートの三主徴(FAT)

利用可能なエネルギー不足(Low energy availability)

エネルギー摂取量(食事量)が運動によるエネルギー消費量(運動量)に追い付かない状態を利用可能エネルギー不足(Low Energy Availability:LEA)といいます。

2014年国際オリンピック委員会(IOC)では、スポーツにおける相対的エネルギー不足(Relative Energy Deficiency in Sport;RED-S)という概念を提唱し、エネルギー不足に対して警鐘を鳴らしています。RED-S(エネルギー不足)は女子アスリートの三主徴にある月経機能や骨の健康だけでなく、免疫や代謝、心血管系、成長・発達などといった生理的機能の健康問題を引き起こすとされています。さらに慢性的なエネルギー不足は、パフォーマンス低下につながります。

女性アスリートに限らず男性アスリートやジュニアアスリートにも当てはまるので、食事量と必要なエネルギー量が見合っているかどうかなどを見ていくことは選手のパフォーマンス向上だけでなく健康や発育発達からみても重要なことです。

視床下部性無月経

無月経は3か月以上月経が来ていない状態をいいます。女性アスリートでは運動によって消費されるエネルギーに見合ったエネルギーを摂取できていない「利用可能エネルギー不足」により脳の視床下部が抑制され下垂体からの黄体化ホルモン(LH)の律動的な分泌が低下します。その結果,卵巣からのエストロゲンの分泌や排卵が抑制されて月経不順や無月経となります。

骨粗しょう症

無月経による低エストロゲン状態が続くことで,骨密度が減少して骨粗鬆症や疲労骨折のリスクとなります。通常、女性は20歳頃に最大骨量を獲得し,その後の増加は乏しく,閉経後に急激に骨密度が低下します。しかし、無理なダイエットや食事制限などにより10代で適切な体重やエストロゲン分泌がないまま20歳を迎えると、骨量が低い状態で生涯を過ごすことになってしまいます。そのため,骨密度の増加率が最も高くなる10代で、骨量をしっかりと獲得しておくことが重要となります。

◎エネルギー不足が招く様々な健康問題

以前、ご紹介したコラム内(コラム:トップアスリートだけ食事が重要なのか?)にRED-S(エネルギー不足)による健康問題やパフォーマンスへの影響が起こることについて解説しました。エネルギー不足は、必要なエネルギー量(消費エネルギー量)に対して、食事からの摂るエネルギー量(摂取エネルギー量)が不足した状態のことを言います。消費するエネルギー量の約6割は基礎代謝量という私たちが生命を維持するために体温を維持したり、心臓や臓器を動かしたりするために最低限必要なエネルギー量です。運動するために必要なエネルギー量が増え、食事からのエネルギー量が少ない状態では、運動にエネルギーが使われ、基礎代謝に必要なエネルギーが足りなくなってしまい、健康問題を生じてしまうのです。

運動量が多すぎて、たくさん食べていても食事量が追い付かずエネルギー不足になるケースと食事量がそもそも足りない又は食事制限をしていてエネルギー不足になるケースがあります。前者は、ジュニア選手や野球・ラグビーなど増量な必要な競技選手に、後者は減量が必要な競技や運動をしていない若い女性・子供にも見られます。

そして、女性アスリート三主徴の月経異常や骨粗鬆症はエネルギー不足が起因して引き起こされるので、食事の量はパフォーマンス発揮や向上のためだけでなく、健康であるために重要な役割を担っています。月経異常が起こる前に、食事量の不足による鉄欠乏性貧血になっていることも多くありますので、疲れやすい、息が切れる、集中力が続かいないなどの症状がある場合は、内科等での血液検査を行い早期発見・介入できることが望ましいです。

これらの問題は女性アスリートにとどまらず、運動をしている人全員に当てはまります。特に成長期でのエネルギー不足の問題は発育発達だけでなく将来の健康にも大きな影響を与えるので、選手本人だけでなく指導者や保護者の理解も大切になります。「線が細い子が多い」そんな声が現場から聞こえてきますが、食べている量が足りていない子の可能性はあります。

図引用及び参照:JFA栄養ガイドラインHPより

  • エネルギー不足によるパフォーマンスへの影響
    図1:エネルギー不足によるパフォーマンスへの影響
  • エネルギー不足によって起こる健康問題
    図2:エネルギー不足によって起こる健康問題

◎女性スポーツへの支援が広まっています。

女性アスリートの活躍とともに2010年頃から文部科学省やスポーツ庁の女性アスリート支援事業がJISS(国立スポーツ科学センター)をはじめ、大学、病院等で行われています。特に順天堂大学や東大病院で実施されている事業は、講習会やコンディションノート・アプリなど女性アスリート・成長期のアスリートに関わる保護者や指導者、トレーナー、Drなどの皆さんが学び、活用できるツールがあります。

これまで述べてきたように、アスリートの健康や発育発達を支える要は「食事」です。広島県には公認スポーツ栄養士が9名(2021年10月現在)おります。私たちスポーツ栄養の専門職は知識を伝えるだけでなく、対象者が実践できるように環境作りや栄養教育、目標設定などを通してサポートしています。皆さんも、学ぶだけでは実践に繋がらなかった経験も多くあると思いますが、それには理由が必ずあり、選手や選手を支える皆さんが行動変容できるように私たちも日々学び、試行錯誤しております。強くなるために練習も大切ですが、元気に健康にスポーツに取り組むためにも、競技レベル問わず食事や栄養について考える機会を作っていただければと思います。

一社)女性アスリート健康支援委員会

産婦人科Drや講習会・資料などの案内

東大病院 女性診療科・産科 女性アスリート外来HP

順天堂大学医学部付属 順天堂医院 女性アスリート外来HP

順天堂大学 女性スポーツ研究センター

成長期アスリートのコンディションアプリなどがあります。

ルナルナ スポーツ 女子向けのコンディションアプリ

参考文献

Conditioning Guide for Female Athletes 1 無月経の原因と治療法について知ろう!(東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科)

参照

コラムニスト

管理栄養士・公認スポーツ栄養士  馬明 真梨子 

ソフトボール部だった10代の頃からスポーツ傷害や体重管理、食事に悩まされた経験からNSCA認定パーソナルトレーナーと管理栄養士の資格を取得。
大学卒業後、大手フィットネスクラブ、パーソナルトレーニングジムでの運動・栄養指導に携わる。その後、学生から実業団アスリートの寮食献立作成や選手サポート、セミナー講師などの業務に従事。さらに専門的な知識やスキルを習得するためスポーツ栄養の専門家である公認スポーツ栄養士の資格を取得し、これまで700名以上の指導に携わる。
現在、「広島のスポーツを食で盛り上げる」をモットーに、スポーツ栄養サポート・普及教育活動・食環境整備などに力を入れ、セミナー講師、チームスタッフ、企業アドバイザー、専門学校非常勤講師など各分野で選手や広島の方を食で支える取り組みを行っている。

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