野茂英雄選手が1995年にメジャーリーグに挑戦し大成功して以来、数多くの日本人選手が渡米し素晴らしい成績を残してきました。
昨年は大谷選手が世界でも珍しい二刀流の選手として大活躍し、日本人の希望の星といえる存在となりました。
日本人選手は投手が特に好成績を残しており、現在メジャーリーグで好成績を残しているのに大谷翔平選手、ダルビッシュ有選手、前田健太選手などがいます。この3選手に共通していることがあります。それは、3選手とも渡米後に肘の手術を受けたということです。
3選手が受けたのはトミージョン手術と呼ばれる手術で、腕にある自分の腱を肘に移植し、肘の内側を補強する手術です。3選手とも長い競技生活の中で肘の内側にある内側側副靱帯(ないそくそくふくじんたい)を損傷し、痛みやパフォーマンスの低下といった症状がでていたため手術に踏み切ったのです。
そのほかにもメジャーリーグ経験者で肘の手術を受けた選手は数多く、松坂大輔選手や田澤純一選手、和田毅選手、藤川球児選手、五十嵐亮太選手など枚挙にいとまがありません。なぜこれだけ多くの選手に手術が必要な状況になってしまったのでしょうか?
そこには、球数を多く投げさせる日本の野球に問題があるのではないかという点が指摘されています。野球で肘を痛めるのは大人になってからのケガというよりは、高校野球での熱投・連投や、さらにその前、少年期からの積み重ねが重要と考えられているのです。メジャーリーガーに限らず肘の手術を受けるケースが増えており、最近では中高生で手術を受けるのも珍しくありません。
野球が好きなお子さんの夢を大事にするために、今からできることをしていきましょう。ここでは野球肘について解説します。
野球肘という言葉は広い意味を含んでおり、基本的に「野球が原因で発症した肘の傷害」のことをすべて野球肘と呼んでいます。そのため野球肘という言葉にはいくつかの病態が含まれています。ここでは、代表的な3つのタイプの野球肘について紹介します。
肘の内側を痛めるタイプの野球肘です。投球時の腕というのは、まっすぐ振っているように見えるかもしれませんが、実は複雑な運動が組み合わさっています。肘には外側にねじられ、引っ張られるような力が強くかかるため、内側は強く伸ばされます。繰り返しの投球により内側にある組織が損傷され、内側型の野球肘となります。野球肘の中では最も多いタイプです。
肘の内側には、ご存知の通り「内側側副靭帯」があり、肘が外側に伸ばされすぎないように支えてくれています。内側側副靱帯は上では腕の骨である上腕骨の内側上顆(ないそくじょうか)に、下では前腕の骨である尺骨の鉤状結節(こうじょうけっせつ)に付いています。投球時はこれらの靱帯、骨に引っ張られる力がかかることになります。
子どもの場合、靱帯に柔軟性があり骨が未熟で弱いことから、骨に損傷が及ぶケースが多くなります。特に上腕骨の内側上顆が損傷を受けやすく、靱帯が付いている部分の骨が薄く剥がれてしまう裂離骨折(れつりこっせつ)を起こします。適切な治療を受けて骨が癒合すればその後障害を残すことはありませんが、中途半端にプレーを再開してしまうと骨折が残存し、後の傷害につながる可能性があります。
子どもの内側型野球肘の靱帯は正常であるため、トミージョン手術を行うことはありません。しかし大人に起こる内側型の野球肘は靱帯の損傷である可能性が高くなります。靱帯を損傷すると痛みやパフォーマンスの低下につながる可能性があります。ただ靱帯を損傷していても問題なくプレーできるケースもあり、手術の必要性については議論があります。
外側型野球肘は、「離断性骨軟骨炎(りだんせいこつなんこつえん)」と呼ばれる状態で、肘の外側にある上腕骨小頭(じょうわんこつしょうとう)という部分の骨の一部が壊死(えし、血流が途絶えて死んでしまうこと)してしまう病気です。9-12歳に多く、大人に新たに起こることはほぼありません。
投球動作の時に肘が外側に強く伸ばされるのは前述の通りですが、内側が引っ張られるとともに外側では圧迫する力がかかることになります。外側型野球肘の発生には不明な点もありますが、基本的にはこの繰り返しの負担が関わっていると考えられています。
骨の一部が壊死してしまうと、その表面にある軟骨とともに浮かび上がる状態となり、剥がれて肘の関節の中に落ちてしまうことがあります。すると関節ねずみとなり肘に強い炎症を起こし肘が腫れる原因となったり、骨の間に挟まり込んで激痛を起こしたりして、野球ができる状態ではなくなってしまいます。
また症状がそれほど強くでていなくても、骨の壊死による変形を残したままプレーを続けると、肘全体の軟骨がすり減ってしまう変形性関節症(へんけいせいかんせつしょう)の状態となります。本来変形性関節症はご高齢の方に起こる関節の変化ですが、それが10代など若くして起きてしまうのです。すると肘がまっすぐ伸びない、逆側とくらべて曲がりが悪いといった状態になります。
実は野球肘の中で最重症といえるのがこの変形性関節症の状態です。関節の軟骨は再生・修復能力に限りがあるため、変形性関節症の状態になるともとに戻ることはありません。有効な治療がないケースも多く、野球ができないばかりか肘の動きが悪いという問題を一生抱えて生きていかなければいけないこともあります。
外側型野球肘は初期には症状がないことも多く、発見が遅れてしまいやすいという問題があります。そのため日本各地で野球肘検診が広く行われており、レントゲンではわからないことも多いため、超音波を使用した検査が実施されています。
投球時には肘を強く伸ばされるため、その時に肘の後ろ側を痛めてしまうタイプです。肘の後ろには肘頭(ちゅうとう、肘鉄で相手にぶつける部分)と呼ばれる部分があるため、肘頭型、後方型と呼ばれます。
小学生や骨がまだ成長途中の選手に多く起こり、肘頭の成長線部分で傷害されたり、疲労骨折を起こしたりすることがあります。成人では内側側副靱帯の損傷と同時に疲労骨折が起きていることがあります。
学童期では肘の傷害が発生しやすく、野球肘の発生率は内側型19.0%, 外側型2.6%、肘頭型0.7%と報告されています1)。4人に1人近い発生率、決して他人事ではありません。今すぐお子さんの肘のチェックをしてみませんか?
まずは本人に肘が痛くないか、痛かったことはないか聞いてみましょう。最近では改善されている現場が多いと思いますが、以前は監督やコーチ、親が怖くて痛いと言い出せないうちに病状が悪化してしまうというケースが少なくありませんでした。
投球側の肘が、逆側とくらべて同じように曲がるか、伸びるかというチェックです。曲げに関しては、肘を曲げて同じ側の肩を触れるかどうかをチェックしましょう。正常では多くの場合問題なく触ることができますが、制限があると触れなかったり、触れたとしても正常よりもぎりぎりになってしまったりするなどの状況となります。
伸びに関しては、体の前で両腕を並べて、肘を伸ばすようにします。肘の伸びに左右差がないか比較してチェックします。制限があると肘がまっすぐ伸びません。お子さんでは肘が反るくらいまで伸びることがありますが、それは正常です。投げない方の肘は反っているのに、投げる方がまっすぐくらい、という場合それは制限がでている可能性があります。肩の高さ程度まで上げて横から見ると比較がしやすくなります。
肘に押して痛いところがないかチェックします。病変が発生しやすい場所を正確に押すのは難しく、正常な場所でも強く押せば痛いという点もあるので、少し難度の高いチェックです。肘の内側、外側、後ろ側にある「骨のでっぱり」を左右とも押してみて、感じ方に違いがあるかどうかチェックしましょう。
野球は肘を痛めやすいスポーツです。投球数を減らせば傷害が起こる可能性は下がるでしょう。しかし、スポーツは練習せずにうまくなることはありません。投げる練習をしなければ、上手に投げることができるようにはならないのです。
ここが少年野球の大きなジレンマで、野球をやっている子は誰でもうまくなりたいので、いっぱい練習をします。強いチームほど練習量・投球量が多く、上手な子ほど試合で投げる球数が多くなり負担が集中してしまいます。毎年多くの野球エリートが誕生していますが、その影には傷害で野球を諦めざるをえない選手がいることも忘れてはいけません。
少年野球はあくまで育成期。最終的に技術を高いレベルに持っていくには、今あせって投げさせすぎる必要はないはずです。目先の勝利にとらわれず、長い選手生活を見据えて大人が子どもにかかる負担をコントロールしてあげたいものです。
日本臨床スポーツ医学会は「青少年の野球障害に対する提言」として次のような項目を挙げています2)。
野球肘に対する議論が高まり、少年野球の現場でも障害予防の意識が急速に高まっています。お子さんが所属しているチームは、いかがでしょうか?
野球肘の診断は、専門医による診察と、病院で行う検査を受けるのが確実です。早めに治療をすることで選手生活の運命を分けるかもしれません。
最も早く受診を検討した方がいいのは、外側型の野球肘です。外側型野球肘、つまり離断性骨軟骨炎は進行性の疾患です。早期であれば投球中止のみで軽快することもありますが、進行すると手術が必要になります。症状がでるのはある程度進行した状態であるため、早期発見には野球肘検診が有用です。
以上の方はできるだけ早く受診を検討した方が良いでしょう。
野球肘治療の基本は、投球中止です。そのため「病院に行くと投げるなと言われるから、行きたくない(行かせたくない)」と考える選手、親、チーム関係者がいます。野球をするために治療したいのに、野球をするな・野球をやめろと言われたら、それは行きたくなくなりますよね。
野球肘の治療が難しいのは、医師や医療機関が選手目線で物を考えるのが難しいからなのです。
整形外科でもスポーツ専門医は、その点を熟知しておりプレー復帰を念頭においた治療を行います。復帰時期の見極め、復帰後の傷害再発を予防するためのコンディショニング、治療中の心のもちようなど多岐にわたりアドバイスをします。
野球肘を発症したのは、野球をしている環境やプレースタイルを見直すいい機会かもしれません。専門的な医療を受けて、より良い選手生活を長く過ごせるようにしてほしいと願っています。
野球肘について、子どもの傷害について中心に解説しました。野球をはじめ、スポーツに熱中している子どもの目はいつも輝いていて、大人が勇気づけられることもありますよね。
お子さんの夢を潰さないために、いつも近くで見守ってあげましょう。
患者さんやご家族が病状や治療について十分に理解し、医療職と協力しながら本人にとって最善の治療を選択していくこの時代。
医師も積極的に正しい情報発信をするべきと考え、医療ライターとして活動しています。
「よく分からないけど、お医者さんの言うことだから聞いておけば安心。」
「医者の言うことは、難しくて分かんね。」
そんな思いを抱えながら治療を受けることも多いでしょう。
しかし医療に絶対はありません。
どのような治療結果になったとしても、そのプロセスや治療内容を理解することで次に進むことができます。
医療の進歩はめざましく、施設によって方針が異なる場合もあります。
記事を参考にして、主治医とよく相談し後悔のない治療を受けてほしいと願っています。
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