胸郭出口症候群(きょうかくでぐちしょうこうぐん)は、症状が人によりさまざまで、診断が難しいことから今でも診断や治療に議論があり、話題に挙がりやすい疾患です。
医師の間でも認知度が高い疾患とは言えず、中々診断がつかずに患者さんが長期間悩んでいることがあります。自分や周囲の人に当てはまる症状がないかどうか、少し気にしながらこの記事を読んでみてください。
胸郭出口症候群とは、首から腕にかけて走行する神経や血管が障害されることで腕のしびれや重だるさなどを自覚する疾患です。胸郭というのは、肋骨や背骨が形作る胸部の骨格のことですが、神経や血管が胸郭から出てくるところで障害されるため胸郭出口という名前がついています。
実際に障害される可能性があるのは複数箇所あり、頚部の筋肉(斜角筋)の間や、肋骨と鎖骨の間、鎖骨の下の筋肉が骨につく部分などがあります。以前はそれぞれ前斜角筋症候群、肋鎖症候群などと報告されていましたが、1956年にThoracic Outlet Syndromeという名前が国際的に報告され、それが和訳されて胸郭出口症候群となりました。
神経や血管の障害にはそれらが周囲の構造物に押される場合と、姿勢や骨格のバランスなどが原因で引っ張られる場合があるとされています。神経や血管が押されるのは筋肉質の男性に多く圧迫型と呼ばれ、一方で引っ張られるのはなで肩の女性に多く牽引型と呼ばれます。
神経の症状には腕のしびれや痛み、力が入りづらい、感覚が鈍いなどがあり、重症の場合には筋肉が萎縮してやせてしまうといった症状が起こります。血管の症状には指先が蒼白になる、冷たくなる、手がむくむなどの症状があります。また、腕の症状だけでなく全身倦怠感や頭痛、立ちくらみなどさまざまな症状を起こすことがあります。
胸郭出口症候群は診断が難しく、今でも医師により意見が分かれやすい疾患です。
腕にしびれなどの症状を起こす疾患で頻度が高いのは、頚椎で神経が圧迫される疾患や手首で神経が圧迫される疾患があります。これらの場合頚椎のMRIや、神経に電気を流してその伝わる速度を測定する検査などを行うことで、はっきりした診断が可能であることが多いのですが、胸郭出口症候群には決め手となる検査がありません。
症状は人によってさまざまで、しかもしびれやだるさなど自覚的な症状が多いため、医師からすると患者さんの訴えが病的なものなのかどうか、判断するのが難しい場合が少なくないのです。
これらの理由から胸郭出口症候群の診断は難しく、治療法が定まらないケースがあります。近年では神経や血管の圧迫を解除するため第1肋骨を切除する手術法などが広く普及し行われている一方で、過剰な診断・治療になっているのではないかという意見を持つ医師、研究者もいます。
患者さんとしては診断、治療を医師任せにせず良く相談しながら治療を進めていく姿勢が必要といえるでしょう。
胸郭出口症候群は筋肉質の方、またはなで肩の方に起こりやすいと言われています。そうでない方でも、腕のしびれや重だるさを感じていて、それが腕を上げ下げした時に強くなる、または力仕事や重いリュックサックを持つなどの負担がかかった時に悪化する、というような方は本疾患の可能性があります。
神経の症状である腕のしびれは上腕から前腕の内側、手では薬指や小指にでることが多く、血管の症状は指の色が蒼白になる、または静脈が怒張し手がむくむなどの症状が起こります。神経、血管それぞれの症状は片方だけ起こる場合もあれば、両方が起こることもあります。
思い当たる方は、鎖骨の上のくぼみの部分を押してみてください。神経が圧迫されることが多い場所なので、そこで障害が起きていれば痛みを感じたり、腕にしびれが広がったりするかもしれません。正常でも痛みを感じやすい場所なので、左右を比較することが大事です。
続いて腕を横に90度広げて、肘を90度曲げてバンザイの姿勢を取ってみてください。その姿勢のまま手を広げたり握ったり、グーパーを繰り返してください。これはルーステストと呼ばれる胸郭出口症候群のテストの一つ1)で、神経や血管に障害があると徐々に腕のだるさや手のしびれで続けられなくなります。3分間という時間が一応決められていますが、実際には30秒程度で判断して良いでしょう。痛みやしびれが強い場合には、無理をして行わないようにしてください。
神経や血管の症状は負担をかけるほど進行し、悪化する可能性があります。そのため症状を起こすことの多い作業や姿勢はできるだけ避けたほうが良いということになります。腕のしびれが起こりやすい状況がわかっている場合には、まずそれを避けることから始めましょう。
なで肩の方に多い牽引型の胸郭出口症候群では、ねこ背などの不良姿勢を避けることで症状が改善する可能性があります。日常生活で不良姿勢を自覚することの多い方では、例えばスマホの利用時間を検討する、PCモニタを少し高い位置に置くなどの対策が考えられます。
そのほか肩周りの筋肉を動かす壁押し運動、チューブで肩のひねる動きを鍛える運動、ウォーキングやランニング、水泳などの全身運動が勧められています2)。
神経の障害が起こる疾患では、障害の程度が強い場合筋肉がやせる、力が入りづらくなる麻痺といった症状が起こります。人の神経は非常に繊細な組織であるため、一度障害が強くなると原因を取り除いても元に戻らないケースがあります。
胸郭出口症候群では症状に幅があり、軽いしびれ程度のものから、重度の麻痺を起こすものまでさまざまです。重い症状がある場合には、早めの受診が必要といえます。
腕や手に症状を起こす疾患として頻度が高い、頚椎や手首での神経障害も同様です。早い段階の対処でその後の運命が変わる可能性もありますので、早めに近隣の整形外科を受診するようにしましょう。
病院では腕に症状を起こす疾患の検査が行われます。頚椎から腕のしびれを起こすことが多いためX線検査では頚椎の異常や骨の先天的な異常がないかを評価し、状況により頚椎MRIを実施します。
神経の伝導を調べる電気の検査や、神経や血管の造影検査を実施することもあります。検査によりはっきりした所見がない場合でも、特徴的な症状があり、他の部位(頚椎や手首など)での異常がない場合には、胸郭出口症候群と診断されることがあります。
診断がつき症状が強い場合には、鎮痛剤や神経痛に対する薬剤、眠剤の処方や神経ブロックが行われます。3~6ヵ月程度の保存治療を行っても改善せず、症状が強い場合には圧迫の原因になっている骨や腱の切除、神経剥離といった手術治療が検討されます。
症状が多彩で診断の難しい、胸郭出口症候群を紹介しました。思い当たる症状がある場合には、簡単にできる対処法からまず始めてみてください。
それでも良くならない、またはこれまで長い期間続く腕のだるさやしびれにお悩みの場合は、一度受診を検討されてみてはいかがでしょうか?
患者さんやご家族が病状や治療について十分に理解し、医療職と協力しながら本人にとって最善の治療を選択していくこの時代。
医師も積極的に正しい情報発信をするべきと考え、医療ライターとして活動しています。
「よく分からないけど、お医者さんの言うことだから聞いておけば安心。」
「医者の言うことは、難しくて分かんね。」
そんな思いを抱えながら治療を受けることも多いでしょう。
しかし医療に絶対はありません。
どのような治療結果になったとしても、そのプロセスや治療内容を理解することで次に進むことができます。
医療の進歩はめざましく、施設によって方針が異なる場合もあります。
記事を参考にして、主治医とよく相談し後悔のない治療を受けてほしいと願っています。
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