腰椎椎間板ヘルニアの治療として、保存治療と手術の中間に位置する、椎間板内酵素注入療法(コンドリアーゼによる化学的髄核融解術1))が誕生し、広まっています。
腰痛や足のしびれなどで整形外科を受診すると、しばしば診断される腰椎椎間板ヘルニア。頻度が高い疾患で、全人口の約1%、つまり100人に1人がかかっていると推定されています2)。
安静や飲み薬、ブロック注射などの保存治療が行われますが、症状が重い場合や急に進行する時は手術になることもあります。
手術はできれば避けたい、しかし保存治療では時間がかかり大変・・。患者さんだけでなく、医療者も抱えている悩みです。
そのような状況の中、短期間で症状を改善できる可能性がある治療、それがコンドリアーゼを椎間板に注射する方法です。
コンドリアーゼは、細菌から分離されたグリコサミノグリカン分解酵素です。
グリコサミノグリカンというのは、軟骨や椎間板を構成する成分の一つで、水分を多く含むことで関節や背ぼねの間で衝撃を吸収する役割を担っています。コンドリアーゼはグリコサミノグリカンに対して選択的に分解する作用を示し、ほかのタンパク質などの成分には影響しません。
その性質を利用して行うのが腰椎椎間板ヘルニアに対する椎間板内酵素注入療法で、国内での臨床試験を経て2018年3月に承認されました。
ヘルニアという言葉の語源は「脱出」を意味するラテン語の「hernia」にあるそうです。腰にある背ぼね(腰椎)と背ぼねの間には椎間板があり、損傷した椎間板が飛び出してしまうのが、腰椎椎間板ヘルニアです。
腰にある椎間板の後ろには、脊髄から枝分かれして足の方へ分布する神経が走っています。飛び出した椎間板がその神経を圧迫するため、足にしびれや痛みを起こすのです。
コンドリアーゼを椎間板に注入すると、グリコサミノグリカンが分解され水分が失われるため、体積が減少します。すると、外に飛び出した椎間板による神経の圧迫が減少し、症状の改善が期待されるということになります。
コンドリアーゼはグリコサミノグリカンに選択的に作用し、周囲にある血管や神経を分解することはありません。臨床試験ではプラセボ(偽薬)注射と比較して、有意に痛みを改善させるとともに、安全性が確認されました。
コンドリアーゼは局所麻酔での処置が可能なため、日帰り、または短期入院で行われることが多くなっています。ただし日帰りの場合でも、投与後はアレルギー反応のチェックなどのため、2時間程度の観察時間をとるのが一般的です。
うつぶせに寝た状態で、レントゲン装置で骨の位置を確認しながら処置を行います。背中に局所麻酔をした後、長い針を椎間板まで進め、薬液を注入します。しっかり椎間板内に注入するのが重要であるため、レントゲン装置でこまめに位置をチェックし、足にしびれなどの症状がでないか確認しながら行います。
治療後は患部の安静を図るため、1-2週程度は腰に負担をかけないように指導されます。病状によって異なりますが、運動は3-4週から許可されることが多いようです。定期的に通院し、痛みの経過を観察し、状況によりMRIなどの検査を行ってヘルニアの状態を確認します。
国内の臨床試験では、コンドリアーゼによる治療はプラセボと比較して有意に疼痛を改善し、その効果は1年後も続いていた、という結果が得られました。販売後の調査では、治療の有効率は70-85%だったという報告があります。
治療後2週~1ヶ月程度で疼痛が改善するケースもあれば、3ヶ月程度かけて徐々に痛みが良くなるケースもあります。MRI検査を行うと、飛び出したヘルニアが小さくなっていることを確認できることがあります。
コンドリアーゼによる治療は、腰椎椎間板ヘルニアに対する保存治療と手術治療の中間に位置するものと言えます。そのため保存治療よりも早い効果が期待できるとともに、手術にともなう体への負担や、入院治療にかかる日数、経済的負担を減らすことができるというメリットがあります。
一方で、治療の効果に幅があるのは否めず、残念ながら無効に終わるケースもゼロではありません。ある報告では、コンドリアーゼ治療を行った64人の方を経過観察したところ、効果が不十分でその後手術が必要になったのが8人いたとされています。それならば最初から手術をすれば良かった、という考え方が成り立つのかもしれません。
また、安全性についても絶対ではありません。すべての医療行為に合併症のリスクがありますが、コンドリアーゼで最も注意が必要なのは、アレルギー反応です。臨床試験では、皮疹が5%の方に発生したという結果でした。アレルギー反応は、その原因になった物質に対して2回目に触れたときに特に強く発生する(アナフィラキシーショック)という性質があります。そのため、コンドリアーゼは一生に一回のみ使用が認められています。
そのほか注射後一時的に腰の痛みが強くなる方が3-4割程度いるという結果もでています。また、コンドリアーゼは健常な部分の椎間板も含めて水分を失う処置となるため、長い目で見ると椎間板が傷みやすい状況となる可能性があります。そのため、治療による効果でヘルニアが縮小し痛みが良くなったとしても、定期的に経過を観察していく必要があります。
以上のメリットとデメリットを考慮した上で治療を選択することとなりますが、注射のみで腰椎椎間板ヘルニアを早く治すことができるというのは非常に魅力的な選択肢といえます。そのため実施している施設は現在も増加しています。
コンドリアーゼによる治療を行うには、安全性を確保するため実施する医師、施設に一定の要件が定めされています3)。「コンドリアーゼ」または商品名である「ヘルニコア®」による治療が可能であるか、腰椎椎間板ヘルニアでお困りの方は医療機関に問い合わせてみると良いでしょう。
腰椎椎間板ヘルニアの新規治療、コンドリアーゼについて解説しました。腰椎椎間板ヘルニアの治療は内服薬、ブロック注射、手術など病院で行う治療も大事ですが、椎間板は誰でも加齢とともに傷んでいく宿命をもっているため、普段の生活から予防に努めることが重要です。
腰椎椎間板ヘルニア全般について、ぜひ次のコラムを参考にしてください。
患者さんやご家族が病状や治療について十分に理解し、医療職と協力しながら本人にとって最善の治療を選択していくこの時代。
医師も積極的に正しい情報発信をするべきと考え、医療ライターとして活動しています。
「よく分からないけど、お医者さんの言うことだから聞いておけば安心。」
「医者の言うことは、難しくて分かんね。」
そんな思いを抱えながら治療を受けることも多いでしょう。
しかし医療に絶対はありません。
どのような治療結果になったとしても、そのプロセスや治療内容を理解することで次に進むことができます。
医療の進歩はめざましく、施設によって方針が異なる場合もあります。
記事を参考にして、主治医とよく相談し後悔のない治療を受けてほしいと願っています。
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