体に合う良いマットレスは睡眠の質を向上させて疲労を軽減させてくれますが、体に合わないマットレスは睡眠不足や腰痛の原因になります。
人生のおよそ3分の1を睡眠に費やす私たちは、本来寝ることが大好きです。しっかりと深い睡眠をとることで疲労を回復し、頭の中を整理することができます。
その一方で、悩みの種になりやすいのも睡眠です。アンケート調査などを見ると7-8割の人が睡眠に悩みを抱えている、それがコロナ禍で増加傾向にありなんと9割の人が悩んでいる、など聞くことがあります。
うまく眠れない、寝ても疲れがとれないといった悩みの原因は人それぞれで様々ですが、もしかしたらマットレスがその一因かもしれません。この記事ではマットレスに関する研究論文を中心に紹介しますので、自分に合ったマットレス選びの参考にしていただければ幸いです。
現在市販されているマットレスには非常に多くの種類があります。コイルが入っているものとそうではないもの、5cm程度と薄型のものから30cmなど厚手のもの、素材にもウレタンや高反発ファイバー、ラテックスなどさまざまです。テレビCMやウェブサイトでも「アスリートの〇〇さんが使用している」など、魅力的な広告が多く掲載されています。
マットレスは生活の中で重要な役割を占め、多くの方の注目を集める分野であるからこそ開発競争が行われ広く販売されているのです。しかし、そもそも「良いマットレス」とは何なのでしょうか?「良いマットレス」を使用するとどんないいことがあるのでしょうか?
大阪市立大学の研究で、2015年に発表された論文1)にそのヒントがあります。この研究では、合計18人の方に通常のマットレスと体型に合わせたオーダーメイドのマットレスを準備し、それぞれで寝てもらうだけでなく、短期記憶や視覚探索などの精神負荷課題を課しています。睡眠に関する質問票や脈波の測定(自律神経機能の評価)、課題の成果を記録することで、それぞれのマットレスによる睡眠の比較を行っています。
その結果、各種質問票による評価ではオーダーメイドマットレスの方が熟眠感や起床時の爽快感、睡眠の満足感などが優れた結果でした。また精神負荷課題を行った時、通常のマットレスで寝た後では交感神経優位になりバランスが乱れる傾向があったのに対して、オーダーメイドマットレスで寝た後ではそのような変化が見られませんでした。疲労状態では自律神経機能のバランスが乱れやすいことが知られているため、質の高い睡眠が得られた一つの根拠になると考えられます。
注目するべきは、この研究で使用されている2種類のマットレスがどちらも同様の素材(ウレタンフォーム)で構成されていることです。素材が同じでも体に合ったマットレスを使用することで、睡眠の質や自律神経のバランスを保つ効果に違いが出たということになります。
つまり「良いマットレス」とは人それぞれ異なるものであり、共通するものではないのです。自分に合った、自分だけにぴったり合うマットレスを使用することで、睡眠の質が改善され疲労を軽減させることができるのです。
それでは、自分に合うマットレスとはどのようなマットレスなのでしょうか?体とマットレスの適合を考える上で欠かせないのが、背骨です。人間には頭から骨盤まで連なって続く背骨があり、体の中心を支えています。この背骨を脊椎と呼びます。
脊椎は頚部で頚椎、胸部で胸椎、腰部で腰椎と呼ばれそれぞれ並び方が異なります。横から見た時頚椎と腰椎は前弯(前に向いてカーブを描く、反っている)しているのに対して、胸椎は後弯(後ろに向いてカーブを描く)しています。S字状にカーブしているため、仰向けに寝た状態を頭から下へ見ていくと、頭は地面に着きますが頚部は宙に浮くこととなり、背中で再度地面に着いた後腰部は宙へ浮き、その後お尻の部分で地面に着くことになります。
つまり寝た状態では体重を頭部、背中、お尻で受けることになります。これが重要なポイントです。
体重が1箇所に集中するとその部分に痛みや不快感が生じるため、圧がかかる部分をうまく分散する必要があります。固すぎるマットレスでは接している面積が少なく、圧が集中し痛みなどの原因になります。一方柔らかすぎるとマットの厚みを超えて沈み込んでしまうため、下にある硬いベッドとの接触が生じて不快感の原因となり、また寝返りがしづらくなるためそれも圧が集中する原因となります。ちょうどよい沈みこみの程度は人それぞれの体重や脊椎の並びと関係するため、やはり誰にでも共通する良いマットレスというのは難しいのです。
脊椎は多くの筋肉が支えているため、寝た時に脊椎の並びが本来と異なる状態になるとそれらの筋肉が緊張し、痛みの原因になります。脊椎の並びが自分本来のものである時に筋肉はバランスが取れた状態となり、痛みが出づらい状況になります。
では「自分本来の脊椎の並び」とはどのような状態なのでしょうか?それは、「自然立位」の状態であると考えられています1)。すっと立った時の自然な姿勢が、自分本来の脊椎の並びであり疲れづらい姿勢なのです。
自然立位の状態をほぼそのまま横にして寝るのが理想的な姿勢であり、それを実現できるのが体に合うマットレスです。もし体に合わないマットレスを使用すると、どうなるのでしょう?
よくあるのは、柔らかいマットレスで背中とお尻が沈み込みすぎ、腰椎の前弯が強くなりすぎてしまうケースです。腰椎の前弯が強くなると腰椎の背中側にある連結部分(椎間関節といいます)に圧がかかります。椎間関節は腰痛の原因になりやすい部分であり、「急性腰痛症」を引き起こす可能性があります。
それどころか椎間関節への負担が恒常的なものになると関節の変形が少しずつ進み、神経を圧迫する「腰部脊柱管狭窄症」を引き起こす可能性があります。
ここまでの内容で、自分の体に合ったマットレス選びの重要性がお分かりいただけたかと思います。しかし、自分の体や脊椎の並びを詳細に評価して、それに合ったマットレスを作るというのでは手間がかかりすぎますよね。対応できる専門施設も多くはありません。
また体や脊椎の状態は体調や年齢によって変化するものであり、その都度計測してマットレスを新しくするわけにはいきません。やはり自分に合うマットレス選びは難しい・・そんな悩みを解決してくれるかもしれないのが、スマート寝具の発展です。
スマート寝具というのは、IoT技術により睡眠中の状態を把握する機能を持った寝具のことで、現在のところ睡眠時間や睡眠深度、呼吸数や寝返りの回数などを測定できる機器が開発されています。さらに近年では計測された睡眠の状態に応じてベッドの傾斜を調節したり、サスペンションの硬さを制御したりするマットレスが開発されています2)。
その日その時間の自分だけにあったマットレスを自動的に準備してくれる、そんな未来も遠くないのかもしれません。
「科学的に見た理想的なマットレス」とは、「自分(の脊椎の並び)に合ったマットレス」ということでした。当たり前の結論で申し訳ありません。
自分に合ったマットレス選びは簡単ではありませんが、店頭で試しに寝てみることができたり、寝姿勢を測定する機器を準備したりしている店舗もあります。このコラムの内容を参考に、納得できるマットレス選びをしていただければと思います。
患者さんやご家族が病状や治療について十分に理解し、医療職と協力しながら本人にとって最善の治療を選択していくこの時代。
医師も積極的に正しい情報発信をするべきと考え、医療ライターとして活動しています。
「よく分からないけど、お医者さんの言うことだから聞いておけば安心。」
「医者の言うことは、難しくて分かんね。」
そんな思いを抱えながら治療を受けることも多いでしょう。
しかし医療に絶対はありません。
どのような治療結果になったとしても、そのプロセスや治療内容を理解することで次に進むことができます。
医療の進歩はめざましく、施設によって方針が異なる場合もあります。
記事を参考にして、主治医とよく相談し後悔のない治療を受けてほしいと願っています。
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