子宮内膜症
子宮内膜症(endometriosis)とは子宮内膜組織に類似する組織が子宮内腔または子宮筋層以外の部位で発生・発育する病気で、病巣は主として骨盤内にあります。子宮内膜類似の組織が子宮体部筋層に存在するものを子宮腺筋症(adenomyosis)として子宮内膜症とは区別されています。病理学的には両者の識別は困難であり、また症状なども共通点が多いのですが、病因・病態・臨床像・治療法などを異にするため別個に扱われているのが実情です。
子宮内膜症はホルモン依存性の疾患であり、先進国で診断、治療を受ける率は増加しています。本疾患の社会的関心の高まり,診断技術の普及なども増加の理由にあげられますが、生活様式や女性のライフスタイルの変化などにより実際の発生数も増加していると推定されます。月経が規則的でしかも未産婦に多く、経産回数とともに頻度は低下します。人種差があり白人に多く、以下東洋人、アフリカ系の順に頻度が低下しますが、人種による生物学的差というよりは生活様式や社会経済状態の相違を反映している可能性が高いと推察されます。本疾患の家族内発生や一卵性姉妹での高率の発生より多遺伝子遺伝の可能性も指摘されています。年齢分布としては、30歳前半にピークがありその年代の女性の約150人に1人に相当します。軽度の子宮内膜症まで含めると10人に1人程度の女性に存在するという推論もあります。
子宮内膜症の原因
子宮内膜症が報告され1世紀以上経過していますが、いまだに原因は確定していません。歴史的には体腔上皮化生説がもっとも古いものです。たとえば子宮内膜を欠く男性の前立腺などにも子宮内膜症が発生したり、胸膜にみられる子宮内膜症などは化生説で説明し易く、また腹膜の顕微鏡的な微小病変の存在も化生説で説明できます。しかしなぜ多くの場合子宮内膜症の好発部位である腹膜のみが化生を起こすのか、化生なのだとしたら年齢と共に発生率が高まると予想されますが、それを裏付ける事実がない、といったことは化生説のみでの説明を困難にしています。
一方,Sampsonにより提唱された移植説は、現在もっとも広く受け入れられています。80~90%の女性は月経血が腹腔内に貯留しそのなかに生着可能な子宮内膜細胞が存在します。月経血の逆流を促進するような解剖学的異常例で子宮内膜症の頻度が高く、また卵管閉塞例では起こりにくいなどの事例は移植説を支持するものとなります。
移植が成立した直後の病巣が確認できていないことや、子宮内膜症組織が正常腹膜に連続的に移行するなどの所見があることは、やや矛盾があります。現在では、月経血中の何らかの物質が化生を誘導するという化生説と、移植説を折衷した誘導説を主張する研究者も多いです。
子宮内膜症の一部は子宮内膜組織がリンパ行性または血行性に移送されたものと考えられます。たとえば、臍部やリンパ節に発生するものや皮膚・肺実質などの病巣は脈管を伝わって生着したものと考えられます。さらには稀ですが帝王切開時の手術創や会陰切開創に発生するものは子宮内膜組織が直接移植されたものと考えられます。
いずれの説にせよ本来存在しない部位に、子宮内膜組織が拒絶されずに生着・発育するということは、免疫学的異常が背景にあることを示唆するものです。
子宮内膜症の症状
主な症状には疼痛として月経痛や骨盤痛・腰痛・排便痛、性交痛等、不妊があります。特に月経痛は子宮内膜症を発症した方の90%以上に現れます。他にも、排尿痛や血尿等の尿路症状、血便や下痢等の消化器症状、皮膚病変、胸の痛みや気胸等の呼吸器症状が現れることもあります。
子宮内膜症の診断、治療と予防
子宮内膜症の診断、治療
子宮内膜症は主に月経痛などの症状を訴える女性に、または不妊原因の検索の一環として発見されますが、検診などの際に偶然発見されることもあります。
診断のために段階があります。まず子宮内膜症のリスクを有する女性または月経困難症や不妊症を訴える女性が対象になります。問診により疼痛の経過、発見時期、部位などを詳細に聴取します。つづいて内診により子宮内膜症に特有な所見(子宮後屈、子宮可動痛・可動制限、Douglas窩硬結、付属器腫瘤)を確認します。同時に経腟超音波断層法にて卵巣の子宮内膜症性囊胞の有無を観察します。卵巣に腫瘤が認められた場合にはさらに骨盤部造影MRIが診断の確定に必要なこともあります。腫瘍マーカーとしては血清CA125が繁用されていますが、感度(sensitivity)や特異度(specificity)は高くなく、しかも広範な病巣でないと高値に至りにくいものです。悪性腫瘍との鑑別などには有用ですが、軽度の子宮内膜症の診断には適しません。
これらの診察・検査により子宮内膜症で矛盾しない状態、つまり臨床子宮内膜症という診断のもとに治療を行うことは正当化されます。厳密な意味での確定診断は腹腔鏡などで直接病変を直接視認するという取り決めになっています。しかし多彩な病変は時期によって変化するもので、しかも個々の病変の病態論的または症候論的意義はさまざまです。したがってある時点での子宮内膜症の存在とその広がりはあくまでも観察時に限定されるものであり、確定診断のための侵襲とコストに見合うメリットがない場合には臨床的子宮内膜症という診断で治療を進めることになります。それではどういう場合に腹腔鏡検査・手術または開腹手術により確定診断を得る必要があるのでしょうか?現在の手術適応は、悪性疾患が否定できない、保存療法が有効でない、一定以上の大きさの卵巣病変がある、不妊の原因検索、患者の強い希望、などがありますが、症状の程度,年齢,本人の選択など個別的な対応をせざるを得ない部分が多く、また腹腔鏡・開腹手術は確定診断と同時にもし病変があればそれを除去するものであり治療を兼ねることにもなります。
子宮内膜症は、病変の広がりを客観的に表現するためにさまざまな臨床進行期分類が提唱されています。現在頻用されているのは主として内診所見によるBeecham分類と腹腔鏡所見に基づいたr-ASRM(revised-American Society for Reproduction Medicine)分類(旧称r-AFS)です。分類は臨床研究には必要であるが主訴の種類・程度・治療成績・予後といった臨床的事項と必ずしも関連がなくステージにより治療指針が大きく左右されることはなく、分類は全体の病巣の総和で求められますが、病巣の分布、付属器の所見、病巣の活動度などが症状との関連上重要となります。またr-ASRM分類では深部子宮内膜症の評価は含まれていないため、それを反映させたEnzian分類や妊娠予後評価に優れているEFI(endometriosis fertility index)などもあります。
子宮内膜症の薬物療法としては対症療法と内分泌療法に大別されます。対症療法は、主に子宮内膜症に伴う疼痛の改善を目的として鎮痛剤や漢方薬が用いられます。一方、内分泌療法にはエストロゲン・プロゲステロン合剤としての偽妊娠療法、低用量ピル、ジエノゲスト、ダナゾールおよび各種GnRHアゴニスト製剤(偽閉経療法)などが用いられます。一相性低用量ピル(ノルエチステロンとエチニールエストラジオールの配合製剤)と同一成分のルナベルⓇ配合錠が2008年にわが国で初めて子宮内膜症に伴う月経困難症の適応を得て以来、現在はルナベル配合錠LDⓇ(NET 1mg,EE 0.035mg)に加えて超低用量ピルのルナベル配合錠ULDⓇ(NET 1mg,EE 0.02mg)およびヤーズⓇ(DRSPドロスピレノン3mg,EE 0.02mg)が使用可能です。また第4世代の合成黄体ホルモン(プロゲスチン)とされるジエノゲスト(ディナゲスト錠Ⓡ)が2007年に子宮内膜症治療薬として本邦で認可されました。さらに、2014年に月経困難症および過多月経に対して本来避妊用リングであるLNG-IUS(ミレーナⓇ)が保険適応となり疼痛を伴う子宮内膜症に対しても効果が得られています。
薬物療法の基本的な考え方としては、①子宮内膜症に随伴して起こる月経痛や性交痛を初めとした疼痛を除去する目的で使用する、②子宮内膜症病巣の消退ないし消失による手術効果を高めることを目的とし,腹腔鏡下ないし開腹手術の術前投与に用いる、③子宮内膜症再発・再燃に対して,病巣の進行を遅らせるために用いる、などがあります。子宮内膜症の確定診断には腹腔鏡ないし開腹術が必要ですが、全例に実施することは困難で、日常臨床上では臨床症状に加えて内診・直腸診、画像診断(超音波断層法およびMRI)、血液生化学検査(CA125値)などにより臨床的子宮内膜症と診断され,薬物療法が選択されています。
ESHREのガイドラインでは,NSAIDs,低用量ピル,プロゲスチン,GnRHアゴニスト,ダナゾールなどが推奨されており,LNG-IUS,アロマターゼ阻害剤も考慮されるとしています。しかしながらわが国ではアロマターゼ阻害剤の適応は乳癌のみで、子宮内膜症に対しては適応がない、どの薬物を選択するかは患者の年齢・症状・病巣の重症度(進行期)・挙児希望の有無および既往治療歴などにより当然異なってくるため、画一化して決めることは困難です。いずれの薬剤も子宮内膜症に伴う月経痛を軽減または消失させますが、薬剤によっては他の症状や病巣に対する効果が異なると考えられることから、副作用や患者の経済的負担も考慮して薬剤を選択する必要があります。また薬剤療法のみで内膜症を根治させることは困難であり、手術療法との組み合わせや、不妊症例ではARTとの併用により適切な治療を選択せざるを得ません。
外科治療の対象となるのは骨盤痛や不妊を主訴とする例が多いですが、子宮内膜症性卵巣囊胞単独例にも良性卵巣腫瘍と同様に悪性腫瘍との鑑別や正常の卵巣皮質機能保持という観点から外科治療の対象になることがあります。
腹腔鏡検査・手術は低侵襲であり、子宮内膜症に対するもっとも確実かつ安全な診断方法です、腹腔鏡検査の多くは、月経困難症や性交時痛など骨盤痛や原因不明の不妊症の原因検索目的に行われます。これらの例では診断と同時に癒着剝離や卵巣、腹膜の軽症子宮内膜症病変の蒸散や切除などの治療を行うことが可能で、これによって病態の改善が期待できます。
子宮内膜症は生殖期婦人に好発するため、治療の対象患者では将来の妊孕能温存を希望する例や不妊例が多く、外科的治療法では卵巣、卵管、子宮を温存する手術、すなわち保存手術が行われることが多いです。一方、根治手術とは子宮摘出による月経機能の消失と子宮内膜症性卵巣囊胞やDouglas窩を中心とした浸潤性病変を切除することによって症状の完全消失を目的とする術式を言います。
子宮内膜症は投薬と手術のどちらを選択しても、将来的に再発する可能性が高い病気です。また、卵巣に出来た子宮内膜症は稀に癌化することもある為、長期に渡って観察が必要になります。
子宮内膜症の予防
子宮内膜症の発症は、月経が大きな影響を与えます。つまり、月経をコントロールすることで、発症のリスクを下げることができます。
月経のコントロールとは、具体的には低用量ピルで月経量を減少させる方法です。低用量ピルには、エストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンが配合されています。そのため、低用量ピルを飲むことで、排卵・月経を抑制出来たり、プロゲステロンが効き、子宮内膜の増殖を防ぐ効果が期待出来ます。
しかし、低用量ピルを飲んでいれば必ずしも子宮内膜症を発症しないということはありません。そのため定期的に婦人科検診を受け、重症化を防ぐことも大切です。早期発見ができれば手術をしなくても、ピル等の薬物療法で治療して進行を遅らせることが出来ます。
子宮内膜症は一度完治しても再発する恐れがあり、閉経まで上手く付き合っていかなければなりません。信頼できるクリニックを見つけ、定期的に検診を受けましょう。
ひらた女性クリニック 院長平田 英司
【経歴・資格・所属学会】
広島県呉市出身、幼少期は福山市育ち
広島市立袋町小学校, 広島大学附属中・高等学校 出身
長崎大学医学部医学科 卒業
広島大学産科婦人科学教室 入局
以後、JA尾道総合病院、呉共済病院、公立御調病院、四国がんセンター、
広島大学病院(診療講師、統括医長、医局長)、東広島医療センター(医長)に着任
【資格】
医師免許
学位(甲、広島大学大学院 医歯薬保健学研究科 外科系専攻)
日本産科婦人科学会専門医・指導医
婦人科腫瘍専門医
細胞診専門医
母体保護法指定医
【所属学会】
日本産科婦人科学会(専門医・指導医、役員(幹事)歴あり、代議員歴あり)
日本婦人科腫瘍学会(婦人科腫瘍専門医、代議員歴あり)
日本臨床細胞学会(細胞診専門医)
日本周産期・新生児学会
日本女性医学学会(旧更年期学会)
日本産科婦人科遺伝診療学会
日本エンドメトリオーシス学会(旧内膜症学会)
日本癌治療学会
日本癌学会