食べ過ぎだと感じても、食べることが止められないのは何故なのでしょうか?
前回(コラム:体のはなし)に食欲と言う機能はとても大事で、これがなくなると生命が維持できなくなるという事を書きました。『摂食』という行動は、生命活動の基本であり、全ての生物に共通する行動です。それぞれの生物には、個々に必要な種類の必要な量を摂取できるような摂食機能が備わっているのです。
例えば青虫ですが、我が家のベランダの金柑の木に毎年卵が産み付けられて、気が付けば立派に育った青虫がせっせと葉っぱを食べています。金柑の葉っぱが無くなって、丸坊主になってしまうのではないかと心配します。しかし不思議なことに、金柑の木が枯れてしまわない程度に上手に葉っぱを食べ残してさなぎになります。昆虫も哺乳類と比べると非常に少ない神経細胞であるにも関わらず、基本的な摂食のパターン運動の神経回路があるそうです。
哺乳類である人間は、昆虫よりずっと高等な生物であるにも関わらず、なぜ食べ続けて肥満になるのでしょうか?
食欲は空腹時に感じるだけではなく、おいしそうな食品を見たり、おいしそうな匂いがしてくると「お腹が空いた」と感じたり、それこそ唾液が沸いてくることもあるでしょう。
以前、食欲は胃で調節されていると考えられていた時代があったと書いたことがあります。『お腹が空いた』という言葉があるように、胃の中が空っぽになると食欲が湧いてくると考えられ、『食欲』という生理的な働きは、胃の中の食物の増減を感知するセンサーのような働きであるという感覚がごく自然な気がします。そうであるなら、太っている人がこれでもかとばかり、次から次へと食物を口に入れることはないでしょう。ところが胃を摘出した人も食欲が起こることから、食欲と言うのは胃の働きだけではなく、脳の視床下部にある摂食中枢と満腹中枢によって調整されていることが分かっています。摂食中枢が働くと食欲が起こり、満腹中枢が働くと食欲は収まります。
また、私たちの体には体内時計があって、いろいろな体の働きには、活動と休息のリズムがあります。
『朝起きて、日中活動し、夜眠る』という生活のリズムを作って生活しています。これには血圧や体温、心拍数、免疫機能、ホルモン調節などの生理機能なども概日リズム(サーカディアン・リズム)と呼ばれ、24時間周期の生理現象があります。以前、時間栄養学について書いたことがありますが、主に光や温度、食事などの刺激によって影響を受け、脳の視床下部で調節されています。
この概日リズムは消化や吸収、代謝に関わる消化液や酵素の分泌リズムをを作っていて、これを無視した生活は健康を害することになります。例えば夜間にたくさん分泌されるという成長ホルモンは脂肪合成抑制作用を持ち、肥満防止と体重調整効果が期待されます。一方、消化機能のピークを過ぎた深夜の時間帯に脂肪を多く含む食品を食べると、脂肪合成が亢進され肥満の原因になります。生活習慣病の患者指導では「夕食は寝る3時間前に終えてください」と話します。
とても難しいと言われる方には「少なくても寝るまでに2時間は空けてください」とお願いします。消化や吸収、代謝に関わる消化液や酵素の分泌も、それぞれの摂食パターンの影響を受けていますので、朝・昼・夕のそれぞれの食事の規則正しいリズムを作ることは、とても大切なことです。
先日食事指導をさせていただいた方も「朝は食べません」「朝は忙しいし、時間もないから・・・。」とのことでした。ご夫婦そろって、朝食抜きとのことでした。聞けば「夕食は19時~20時には食べます」
「夕食は主食は抜きで、買ってきた総菜とビール2缶」「間食は一切しません」とのことでした。
しかしBMI27と肥満1度の状態です。起床時にお腹は空いていないので食べられないと言われるので、「プレーンのヨーグルトだけでも食べてみてください」「夕食の総菜はなるべく油物を避けてください」とお願いをしました。
昼間は交感神経が優位な活動モードですが、夜間は副交感神経が優位な休息モードとなります。
エネルギー消費の少ない夜間に食事をすると、消費できなかったブドウ糖は脂肪に変わって蓄積されます。同じ量を食べても夜遅く食べた方が、より体重増加が大きくなることが知られています。特に脂肪の多いものはなかなか消化吸収されないので、朝起きた時に「なんだかお腹が空いていない」という状態になるのだと思います。
また、朝食抜きで昼食をたべた人と、朝食・昼食の両方を食べた人の昼食後の血糖値を比較した時、朝食抜きの人の方が血糖値は高くなることが分かっています。お相撲さんの朝食抜きと同じで、朝のエネルギー補給のない人は体の方がエネルギーの使い惜しみをして、却って肥満になってしまいます。話は少し違ってきますが、高齢者で2食の人と、3食食べる人を比較すると2食の人はたんぱく質・脂質・炭水化物の栄養バランスが悪く、栄養状態がよくありません。
今朝もテレビの健康番組で動脈硬化を取り上げていました。血管が硬くなったり、狭くなったら血液の流れが悪くなります。最悪の場合、血管に溜まったプラークが心臓や脳に飛んで行って血流を止めてしまうかもしれません。「コレステロールの多い食べものはなんですか?」「尿酸値が高いのですが、何を食べたら下がりますか?」いろいろな方から質問を受けます。中には「私は何を食べたらいいんかね」と聞かれることもあります。まず、自身の生活習慣を見直してみることから始めてみませんか?
高齢女性の体重を目にする時、見間違いかと思うことが度々あります。お腹周りにしっかり脂肪がついていて驚くことがあります。しかし、要注意なのは30代、40代でシャツのボタンが取れないかと心配するような太鼓腹の男性です。
メタボリックシンドロームの診断基準で内臓脂肪をチェックする際に腹囲(へそ周り)男性85cm以上、女性90cm以上で腹部の内臓脂肪が100㎠以上に相当します。これは男性の方が内臓脂肪がつきやすく、女性は皮下脂肪がつきやすいため、男性の腹囲の方が少なくなっています。
太鼓腹を叩いて、「アハハ」と笑うにはあまりにも若すぎます。昔は随分年季の入ったおじさんの恰好でした。内臓脂肪は、皮下脂肪よりも運動で落ちやすいようです。食習慣を見直して、適度に運動をして(通勤時間に少し余計に歩いたり、階段を駆け上がるだけでもOKです)筋肉を増やすことで、体のさまざまな物質の働きが良くなり、何より恰好が良くなります。
お腹周りが気になり始めた方はぜひ食習慣を見直してみてください。本来持っている摂食機能が十分に働かないで食べ過ぎている方は、あまりに飽食過ぎて、満腹中枢が上手く作用しなくなっているのかもしれません。今から、食べる時間を見直して、少しゆっくり食べるようにしてみてください。それだけでもきっと違ってくると思います。モチベーションを上げるために毎日体重測定を忘れずに。
日本栄養士会の今年のイベントのテーマは『サステナブルに食べよう』です。
次回も食欲について、論文などを参考に少し掘り下げて考えてみたいと思います。
長年、管理栄養士として病院の給食管理・栄養管理に従事後、現在、内科糖尿病専門医院にて糖尿病を中心とする生活習慣病、高齢者の低栄養等の栄養食事指導をしています。
ライフワークとして「あなたの体は、あなたの食べたものでできている」ということを意識した「食」の啓発活動を行なっています。
糖尿病治療に携わる管理栄養士として、自身でも実践ししっかり考えてみたいと思いました。
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