乳がん
乳がんは乳腺組織にできるがんのことです。女性の乳房は、乳頭から乳腺が放射状に約20個程度、並んでいます。それぞれの乳腺は乳頭から乳管を通して小葉に繋がっています。90%以上の乳がんは乳管から発生します。小葉から発生する乳がんも5~10%程度あります。乳がんは『非浸潤がん』と『浸潤がん』の二種類に分けることができます。『非浸潤がん』は乳管や小葉内に発生している状態です。『浸潤がん』は、乳がんが乳管や小葉の外に浸潤している状態です。乳がんは、男性も発症することがごくまれにあります。
乳がんは早期の発見により根治(完全に治ること)できる可能性が高くなっていますので、定期的な乳がん検診を行うことが大切です。乳房に関する症状があれば、早めに専門医を受診しましょう。
乳がんの原因と予防について
乳がんのタイプ別の分類
乳がんの約70%は、女性ホルモンであるエストロゲンが関係しています。エストロゲンが、がん細胞に取り込まれることにより増殖・進行します。その他にHER2タンパクが関係している乳がんもあります。HER2タンパクはがん細胞の増殖を活発にします。乳がんの15~20%は、このHER2タンパクが過剰に発現しています。また女性ホルモンやHER2タンパクの関係していない乳がんもあります。このタイプはトリプルネガティブタイプと呼ばれ、乳がん全体の約10%〜15%を占めています。このように乳がんは大きくわけて、下記のタイプに分かれます。乳がんの治療の際はそれぞれのタイプに合わせた最適な治療を行います。
(乳がんのタイプ)
- ホルモン陽性乳がん:女性ホルモンによって増殖する乳がん
- HER2陽性乳がん:HER2タンパクによって増殖する乳がん
- トリプルネガティブ乳がん:女性ホルモンやHER2タンパクの関係していない乳がん
食生活・生活習慣・そのほかの関与
閉経後の肥満は乳がんの発症リスクを高めます。日本人を対象としたこれまでの研究では閉経前であっても肥満は発症リスクを高める可能性が示されています。肥満はさまざまな生活習慣病のリスクを高めますので、太りすぎないように気をつけることがとても大切です。
アルコール飲料の摂取は、乳がんの発症リスクを高めます。飲酒量が増えるほど乳がん発症リスクが高まるとされています。お酒を飲む際は、適量にしましょう。アルコールは様々な健康問題を引き起こしますので、のみ過ぎないようにしましょう。厚生労働省では、健康に害を及ぼしにくい「節度ある適度な飲酒」として、1日、日本酒なら1合(180mL)、ビールなら中ジョッキ1杯(500mL)、ワインならワイングラス2杯(200mL)程度までを推奨しています。
エストロゲンの作用で増殖する乳がんがあります。イソフラボンはエストロゲンに似た構造をしているので、大豆イソフラボンを多く摂取するとリスクが高くなるのではないかと心配される方がおられます。しかしこれまでの研究では大豆食品やイソフラボンの摂取で乳がんの発症リスクは低くなっています。適量の大豆食品の摂取を心がけましょう。
乳がんのリスクが増える要因として、初経年齢が早いこと、閉経年齢が遅いこと、出産歴や授乳歴がないことが挙げられます。また喫煙、運動不足によっても、乳がんのリスクは増加します。禁煙と適度な運動に心がけましょう。
遺伝について
乳がんの5~10%は、遺伝要因が関係しています。乳がんとの関係が最も強くわかっているのはBRCA1、BRCA2という遺伝子です。これらの遺伝子は、普段は私たちの細胞の中で、DNAが正常に機能するように働いています。しかしこれらの遺伝子に変異が認められる場合、生れつき乳がんや卵巣がんになりやすい特徴があり、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(Hereditary breast and ovarian cancer: HBOCと略します)と呼ばれています。HBOCは、前立腺がん、膵臓がんにもなりやすいことがわかってきています。現在、一定の条件を満たす乳がんや卵巣がんに罹った方は、保険診療内でBRCAの病的変異を血液検査により調べることもできます。さらにさBRCAに病的変異を認める場合、サーベイランス(より注意深い定期的な検診)のための画像検査、予防的乳房切除術、予防的卵巣卵管摘出術を選択できます。
乳がんの症状
しこり
乳がんの最も多い症状は、しこりです。しこりによって乳房の形が左右非対称になることもあります。しこりは乳がん以外に、線維腺腫や乳腺症、乳腺炎などの良性の場合にも認められることがあります。良性のしこりは、比較的弾力があり、ころころと動くことが多いです。一方で乳がんのしこりは固いことが多く、進行すると周囲の組織に浸潤し、しこりが動かなくなることもあります。乳がんのしこりは、指で挟んでみるとえくぼができたり、乳首が引っ込んだりすることもあります。良性の乳腺症や乳腺炎の場合、痛みを伴うことが多いですが、乳がんのしこりは痛みがでることはごくまれです。
乳頭分泌
乳頭には母乳が出てくる小さい穴があります。乳腺には母乳を作る『小葉』と、『小葉』で作られた母乳の通り道の『乳管』があります。『乳管』の出口は乳頭で、乳頭の表面には小さい穴が20個ぐらいあります。乳頭全体の穴から黄色~透明の分泌物が出る場合は、良性のことが多いです。一方、乳頭の中の一か所あるいは数か所の穴から暗赤色~茶褐色の分泌がみられる場合、乳がんの可能性があります。
その他の症状
乳がんが進むとがんの表面の皮膚が赤くなることや、皮膚が崩れて潰瘍ができることもあります。特殊な乳がんとして乳首にただれや湿疹ができるパジェット病、乳房の皮膚がみかんの皮のように厚くなり赤くなってくる炎症性乳がんもあります。
上記のような症状がある場合は必ず専門医を受診しましょう。また早期の乳がんは症状が全くないこともあります。症状がない場合も定期的な乳がん検診を受けるように心がけましょう。
乳がんの治療
乳がんの標準的な治療は、外科療法、放射線療法、薬物療法(化学療法、ホルモン療法、分子標的療法)です。外科療法と放射線療法は、局所に対する治療(局所療法)です。薬物療法は体全体に対する治療(全身療法)です。
外科療法
標準的な手術の方法は、『乳房温存手術』と『乳房全切除術』です。この二つの術式にはそれぞれ利点と欠点があります。『乳房全切除術』の際に『乳房再建』を同時に行うこともあります。術式にいくつかの選択肢がある場合、担当医とよく相談して決めるようにしましょう。
乳房温存手術
『乳房温存手術』は、乳房の一部を切除する手術です。『乳房温存手術』はがんが乳房内に限局し広がっていない場合に適応になります。目的は患者さんが満足できる乳房を残すことです。残した乳房の再発を予防するため手術後に放射線療法を行います。
この手術の適応は、
- 乳房の大きさにもよりますが、しこりの大きさがおおむね3cm以下であること
- 乳房内に乳がんが多発していないことや乳房内に乳がんが限局していること
- 手術後に放射線治療が可能であることなどが条件です。
『乳房温存手術』は、乳房の膨らみは残りますが、切除した部位や切除する乳腺が大きいと乳房の変形が生じます。変形が大きくなり整容性が保てない場合は、この術式の適応にならないこともあります。
乳房全切除術
『乳房全切除術』は、筋肉を残してすべての乳房を切除する方法です。『乳房温存手術』の適応にならない場合に、この術式が選択されます。『乳房温存手術』の適応がある場合もこの術式を選択することができます。可能性は低いですが『乳房温存手術』は、乳房内に再発することもあります。そのリスクを減らしたい場合に、『乳房全切除術』を選択することもあります。
センチネルリンパ節生検
乳がんはわきのリンパ節に転移することもあります。手術前の画像検査でわきのリンパ節に転移がない場合も、顕微鏡で調べると転移していることがあります。乳がんの細胞が最初に転移するリンパ節をセンチネルリンパ節と呼びます。このリンパ節を介して次々に別のわきのリンパ節、さらに遠くのリンパ節に転移していきます。センチネルリンパ節にがん細胞がなければ、その他のわきのリンパ節には転移していない可能性が高いです。そのため術前検査でわきのリンパ節に転移を認めない場合、センチネルリンパ節の摘出(センチネルリンパ節生検)を行います。摘出したセンチネルリンパ節は病理検査で調べます。このセンチネルリンパ節に転移がないか、あるいは転移があったとしても一定の条件を満たす場合は、わきのリンパ節切除(腋窩リンパ節郭清)を行わずに済みます。
腋窩リンパ節郭清
手術前の検査でわきのリンパ節に転移がみつかる場合があります。この場合は、わきのリンパ節の切除(腋窩リンパ節郭清)を行います。これらのリンパ節はわきの脂肪に埋まるように存在しています。ですのでリンパ節の取り残しがないように周りの脂肪も含めて腋窩リンパ節郭清を行います。腋窩リンパ節郭清の目的は将来のわきの再発を防ぐこと、リンパ節転移の個数を調べることで将来の転移・再発を防ぐための最適な治療方針の決定に繋げることです。しかし、合併症として手術をした側の腕にむくみ(リンパ浮腫)が出たり、肩の痛みや腕が上がらなくなったりする運動障害など後遺症が出ることがあります。
乳房再建術
『乳房全切除術』後に、温泉に行きにくくなった、バランスが悪いことやパッドが気になる、などを感じる患者さんもおられます。これらの問題を解決するために『乳房再建』があります。『乳房再建』は、切除された乳房の形を、形成外科で再建する方法です。『乳房全切除術』によるがんの根治手術と同時に『乳房再建』を行うこともできますし、乳がんの手術後、別の時期に行うことも可能です。
放射線療法
放射線は目にはみえない光線のようなものです。がん細胞が正常細胞に比べ放射線に弱いことを利用し、がん細胞の中の遺伝子に作用してがんを消滅させます。
放射線治療の目的は、
- 乳がんの手術後、温存した乳房やリンパ節再発を予防することです。副作用として治療を開始し2~4週間後くらいで,放射線があたっている範囲の皮膚が日焼けの時のように赤くなり,ひりひりしたりすることがあります。放射線の当たっている皮膚は保湿することが大切です。また放射線治療が終了し、しばらくしてから肺炎がおきることもありますので、咳や微熱が続く際は受診が必要です。
- 転移再発乳がんの場合は、痛みなど症状を緩和することです。脳に転移がある場合、脳全体に照射、あるいは病巣のみに照射します。
薬物療法
乳がんの薬物療法の目的は手術前後に行う場合と、転移再発の場合では異なります。
- 手術前後の薬物療法の目的は、将来の再発率・死亡率を低下させることです。
- 転移再発乳がんの薬物療法の目的は、主に生存期間を延長すること、症状を緩和することで生活の質を向上させることです。
薬物治療には化学療法、ホルモン療法、分子標的療法があります。ぞれぞれの乳がんのタイプの特徴に合わせて、治療の組み合わせを決定します。
転移・再発とは
乳がん細胞がリンパ液や血液を介して体のいろいろな部位に移動してそこで増えていくことを再発といいます。再発は様々な部位に生じます。最初の乳がんと同じあるいは近くの、例えば皮膚やリンパ節に出てきた場合を局所再発と言います。離れた別の部位、例えば骨や肺などに出てきた場合を遠隔転移と言います。
乳がんの診断と同時に遠隔転移が発見されることもありますし、手術後の一定期間後に転移、再発することもあります。
転移・再発乳がんを完全に根治することは、なかなかは難しいです。しかし医療の進歩とその普及により以前に比べ多くの治療が開発されています。転移・再発乳がんの治療をなさる際は、ご本人の心配ごと、大切にしたいこと、望むことをしっかりと担当医の先生と相談し、ご本人にとって最適な治療を選択することが大切です。
ますもと乳腺クリニック 院長舛本 法生
【経歴・資格・所属学会】
平成10年 藤田医科大学医学部 卒業
広島大学第2外科 入局
平成11年 JR広島病院 外科研修医
平成13年 中国労災病院 外科医師
平成14年 県立広島病院 外科医師
平成15年 広島大学大学院医歯薬学総合研究科博士課程創生医科学 入学
平成17年 井野口病院 外科医師
平成19年 広島大学大学院医歯薬学総合研究科博士課程創生医科学 医学博士
平成20年 広島大学病院 腫瘍外科・乳腺外科 医員
平成21年 亀田総合病院 乳腺科 医員
平成22年 亀田総合病院 乳腺科 医長
平成23年 広島大学病院 腫瘍外科・乳腺外科 助教
平成29年 広島大学病院 腫瘍外科・乳腺外科 診療講師
【資格】
広島大学大学院医学博士
日本乳癌学会認定 専門医
日本乳癌学会認定 指導医
日本乳癌学会評議員
日本外科学会認定 外科専門医
日本外科学会認定 指導医
日本乳腺甲状腺超音波医学会 評議員
日本乳がん検診精度管理中央機構認定 検診マンモグラフィ読影医師
日本乳がん検診精度管理中央機構認定 乳がん検診超音波検査実施・判定医
【所属学会】
日本乳癌学会
日本外科学会
日本乳腺甲状腺超音波医学会
日本乳房オンコプラスティックサージャリー学会